「ゲームの誕生直後は、屋内でも屋外でも一度に多くの人数がプレー出来る場所ならどこでも良く、しかもコートをラインで区画してなかった。」と水谷 豊先生(相棒の杉下右京を演じてる役者ではありませんよ(笑))著「バスケットボール物語 ’誕生と発展の秘話’」にこのように書いてあります。

バスケットボール物語表紙

と言ふことで 答えは「3」でした。

あなたは当たってましたかーーーー?

 

1896年には広さを1067.5㎡以上と定められ、1906年にはやっとコートのサイズも決められました。

その時はエンドラインは16.8で、サイドラインは21.8~27.5mの間です。

 

ちなみに人数は特に決めがなく、両チーム同数なら良い、とされてました。たまたま最初のゲームをやる時、18人だったので、2チームに分けたら9人だったので、その後9人が決まりみたいに思はれていたそうです。

なもんで50人対50人と言ふゲームも実際にコーネル大の体育の授業で行はれたようです。

トラックバック

このブログ記事に対するトラックバックURL:

コメント & トラックバック

No comments yet.

Comment feed

コメントする

カレンダー

2018年9月
« 4月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

アーカイブ

BasketBall Net ProShop