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「YSE」と言ふ運営会社が出来て、チームを作ることを発表し、援助の輪を広げるため「神奈川県プロバスケットボールチーム設立委員会」の開催が必要となりました。

 

2010年7月2日(金)19時から「かながわ県民活動サポートセンター」305号室(横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2)で神奈川県プロバスケットボールチーム設立委員会の第一回委員会を開催することになりました。

白地だけど金バッジ(笑)

当日の会場は定員60名の会場ですが、既に出席予約で満杯なのですが、ありがたいことにそれでも立ち見がいっぱいいらっしゃいました。

梅雨時期で蒸し暑い日だと記憶してます。

この日は県内全域からのご参加を頂き、今更ながら関心の高さと神奈川県にトップリーグは、絶対欠かせない、と言ふ思いが強くなったと感じた、と当時のブログに書いてありました(笑)

tvkのカメラも入り満席の盛会でした。

委員会で配られた資料は分厚く、スクリーンに映しながら28ページに渡る説明書を廣田さんはたったの25分で終わったため、参列者はその後の質疑応答でも質問の仕様が無くて、あっさりと終わりました[笑]

 

なんでそんな乱暴なことをしたのかと言ふと、tvk(テレビ神奈川。地元の#1TVです)が9時15分のニュースに流す、と言ふことなので早く終わらなくてはと、スピードアップしたんです。今思へば大笑いです!

 

 

 

 

 

 

 

tvk取材クルーです

その後はYSEで「神奈川にプロバスケットチームを!」の設立委員会のミーティング(MTG)でブースター集め、チーム名、チーム・カラー募集の段取り等を進めながら、大事なbjリーグへのエントリーに必要な事項の達成やら書類作成が中心となりました。

 

因みにこの頃のイベントとして「MIXTAPE TOUR」のStreet2Eliteが開催されデニス・ロッドマンが来日し代々木第二体育館でイベント(ゲーム)しました。

 

 

 

 

 

 

 

ロッドマン入場風景なのですが、何も判らない!!(笑)

 

 

2008年4月22日bjリーグ・プレーオフ有明コロシアムに1枚のバナー(横断幕)が掲げられてました。「bjリーグを神奈川へ!」と書いてあります。とても興味が湧き、バナーを掲げた白澤卓と言ふ伊勢原でスクールを主催している若者に会いに行きました。

彼と話した後、私も微力ながらお手伝いしてきましたが、スポンサー探しや体育館の調査をしたり、bjリーグのアドバイスを受け、県内に東京アパッチのゲームを誘致したり、クリニックを行う等の活動をしてましたが、若手と年寄りで温度差が有ったり、厄介な人が介入してきたり、エージェントが今一つ理解してなかったりで頓挫していました。

そして一番の弱点は、この組織は神奈川県協会との結びつきが弱いと言ふことでした。

当時はJABBA(日本バスケ協会、現在の表記はJBA)とbjリーグは仲が悪かったため、県協会との結び付きが必要でした。

と言ふことで思ったほど進展してなく、bjにエクスパンションの申請(新規申込み)をする前の段階でストップしたまま、内部分裂してウヤムヤになってしまいました。

 

そこに新たな展開が出てきました。

県内に、白澤君の組織と平行してbjリーグと話を進めていた別組織がありました。

その組織は廣田和生さんが代表取締役を勤める「横浜スポーツエンタテイメント株式会社」です。

廣田さんは神奈川県協会の役員でもあるので、対日本協会に関しては問題ありません。元々関東学院大の監督でもあります。
その上、派遣会社のオーナー社長と言ふことで、経営に関するプロなので、最適な人材でした。

 

何度かお話はしたこともあり、以前からbj参入に興味あることも知っていて、白澤君の組織との融合等についてお話したことも有ります。

 

「私は神奈川県、特に横浜にプロチームを作ることが目的なので、bjとかJBLにはこだわっていない。

現在幾つかの組織が県内でチームを作ろうとしているが、極端な話、団体(組織)はドコでも応援したい。その上で、出来ればお互いがいがみ合うことなく、一つになって神奈川県としてチームが出来るのが希望。

それに協力できますか?」と廣田さんと白澤君に話しており、両名とも賛同し、協力して一緒にやる意思がある、と言ってくれました。

と言ふことで両者が協力してチームを作ることになりました。

そして運営面は廣田さん、アカデミー(スクール)を白澤君が担当することになりました。

 

それまで何度か「神奈川県にプロバスケットチームを」と言う動きがあって、打診やら相談を受けたことがありますが、その後音沙汰ありません。プロチームを作るということは難しいのですね、単なるバスケへの情熱だけじゃ出来ないのです。

 

 

インターハイや全中ではサカイは出場記念品としてベイビー柄のTシャツ等を販売していましたことは、この読者の皆さんならご存知と思ひます。

我が家にはベイビー柄の商品が未だ多く残ってますが、昨日 片づけモノをしていたら出てきたのがこの袋でです。

生地はやや厚手のナイロンタフタで、円柱状になっていますが、上の口部分は紐が通って絞れるようになっていますが、プラスティックのアジャスターを付けたのは、確かこの辺りだと思ひます。

場所は山梨県の河口湖だったと思ひます。

デザインは「山梨県」と言ふことで「ブドウ」をモチーフにしてますが、ブドウや桃を栽培しているのは、三坂峠を超えた一宮の方で、文化圏がまるで違うらしいですね、今頃 冷汗が出てきました、、、

ベイビーが大きな口を開けているイラストは珍しいですね!!
見えずらいのですが、ブドウのところ、バスケのボールになっているのがあり、良く見ると配列が「Y」字になってます!

昔は細かくやってたな――(笑)

1983年のこの大会は男子で神奈川県横浜市の汲沢中が優勝しています。
ハッキリ言って大会自体はあまり覚えていません(^^;
決勝の会場は町立の体育館だったと思ひます。狭くて直ぐ満員になって、入るのが大変だったような記憶がありますが、確かじゃありません(笑)

三宅学(相工大付高→日体大→日本鋼管→松下電器、現在横浜清風高監督)が居たのかな?
佐古賢一では無かったな図です。
その時のメンバーに現NTTやA-Clubにも居たような?

一方女子は愛知県の守山中が優勝してますが、4回目です。
誰の代だったろうか?
この頃は当時守山中コーチだった井上眞一さんとは何度か話をしている筈です。

 

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