» 2020 » 6月 » 1のブログ記事

暫くこのブログを活用していませんでしたが、ソロソロと再開したひと思ひます。

実を言ふとパスワードを忘れてまして(^^;

 

今まではFacebookで色々と書き込みしましたが、保存すると言ふことではやはりブログの方が良いと思ひまして。

 

第一回目は、私の原点である月刊専門誌「Basketball Illustrated(バスケットボール・イラストレイテッド)誌」(通称「イラスト」)について書きます。

 

前回の東京オリンピックの翌年1965年、大学バスケ界名門の東京教育大学(以後 教育大)バスケ部OBの機関紙として企画されたものです。

OBである吉井四郎氏(前年の東京オリンピック、日本ナショナルチームのヘッドコーチ)の技術論を広めたいと言ふことがあったようです。

*ナショナルチームとは、現在は日本代表と言はれています←つまらない言い方ですね!!

 

教育大OBの中心的存在だった鈴木正三先生(当時学習院大教授)が、吉井先生の子分である笠原成元氏を中心的執筆者として企画されました。発刊当時は隔月刊でした。

大会を中心とした戦評と技術指導の2本立てでした。

イラストは当時画期的な雑誌でした。
本のサイズからして他とは違います。当時はB-5版と言ふ今の週刊誌と同じ大きさが主流で、編集の仕方では 雑誌は殆どが今の週刊誌同様、写真が奇麗な「グラビア・ページ」と文字が主流の「本文」とに分かれていました。グラビアの方が製版に価格が高いため、写真ページを別扱いにしてたわけです。

 

その当時、今から50年以上も前にA4版全ページ グラビア印刷でしたから、画期的です。

今考えれば、、

そこで上の発刊当時の表紙を見てください。
上段左から 創刊号(Vol.1 No.1)は直ぐにバスケと判るボールをアレンジした写真ですね。

 

真ん中 当時のレフリー・シャツのゼブラ模様を使った新しいデザインになってます。

 

右 [Basketball Illustrated]のロゴが変わりました、アメリカのスポーツ週刊誌[Sport Illustrated](通称スポイラ)のパクリですね(笑)

表紙デザイン的には一番貧弱です(笑)

 

そして下段の表紙をよく見て下さい。

左から Vol.1 No.1 、Vol1. No.2、Vol.1 No.3と書いてあります。

つまり創刊3号は2個あるんです(^^;

と言ふのは、生臭い話になりますが、最初の創刊号を担当した人が年間購読料を持ち逃げしたんです。

それで編集部は大変だったようですが、当初営業を担当してた清水陸生氏が借金を背負った形で引き継ぎ、再びVol.1 No.1から始めた、と言ふわけです。

 

その当時、そんなことを知らない大学1年生の私はフラッと編集部に遊びに行き、ズルズルとそのままバスケ界にのめり込んでしまいました(笑)

 

編集部と言ふか事務所は原宿の皇室駅の裏側辺り、渋谷区原宿3丁目296 小野設計事務所の1階にありました。今は区画整理され、行っても多分判らないと思ひます。

編集部と言っても清水氏と高校の後輩で浪人していた久保島(?)君しか居ない状態で、そこにNBAの雑誌があったことに驚きました、何しろアメリカのバスケなんて、オリンピック以外知りませんでしたから(^^;

 

最初のVol.1 No.1の内容は前年のオリンピック・メンバー(当時は未だ女子の競技は行はれず、男子だけでした)が紹介されていましたので、それを見ましょう、古い方なら「懐かしい!!」と言ふでしょうが、殆どの方は「知らない!!」でしょうね(笑)


左から紹介します。

奈良 節雄(175cm) 立教大→日本鉱業 真面目な選手、3枚腰と呼ばれジャンプがグイングイングインと3段階で伸びると称された小さいフォワードでした。

 

若林 薫(178cm) 教育大→日本鋼管 当時では大型PG。BBIQが高く冷静でクレバーな選手。引退後は鋼管のコーチにもなった。その時技術解説を連載していただき、私が担当しました!

 

志賀 政司(175cm) 明治大→日本鉱業 この人も小さいがよく跳ぶフォワード。真面目な人です。

 

中村 邦彦(189cm) 明治学院大→日本鉱業 大型シューター バスケ界では無名の大学から実業団の名門チームに入ったシンデレラ・ボーイ、風貌からエリックさんと呼ばれてました。日本実業団連盟の理事もされ改革的な人でした。

海保 宣生(168cm) 立教大→住友金属 168㎝のPG。良く動き、ATBが得意でシュートもねじ込むガッツ溢れる好選手で、小さい選手のあこがれの的でした! 引退後はJリーグ鹿島の社長やバスケ協会や実連の理事等もされ期待してたのですが、アイデアマンぶりを発揮することもなく、亡くなられました。実連時代は可愛がってもらいました。

 

梅 勝夫(182cm) 立教大→積水化学 若いシューターでした。日本リーグ1部チームへ行ってればもっと活躍できたはずでしたが、、

 

増田 貴史(183cm) 慶應義塾大→住友金属 天才的シューター 現在木内、引退後は日本協会の理事長になっている。

 

藤江 精二(191㎝) 日本大→三井生命 大きいのに動けて走れるフォワード

 

諸山 文彦(186cm) 日本大→日本鋼管 元祖ミスターバスケット。オールラウンドのフォワード、外からのシュートも入る。今でも時々プレーしているとか、、

 

小玉 晃(196cm) 教育大→日本鉱業 この身長で動けて走れて、当時は最長身者として期待された。日本鉱業にはガードで166㎝の児玉さんが在籍していて2人のコダマでしたが、ガードの児玉さんは「チビダマ」と区別してました(笑)

 

角田 勝次(196cm) 明治大→日本鉱業 小玉と共に196㎝で日本のゴール下を守りました。完全なセンター・タイプです。

 

江川 嘉孝(183cm) 明治大→八幡製鉄 諸山さんと同期で同身長のガッツ溢れるフォワード。外のシュートもインサイドでもどこでも得点できる選手で、私の憧れの選手でもありました!

 

今回はここまでにしておきましょう。

次回は 明日か明後日にも、、

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